2016年05月14日

矢立の滝(山田町)

2016-may-02
4月中旬から雨の日が度々あった。
山田町織笠(馬指野)の奥にある滝を
再度訪れてみた。
かつて、2013-03-14の日は渇水時期で
少し物足りない思いがしていた。。
普段は独行が多いが今回は可愛い「相棒」も同行した。
矢立の滝➀.jpg
「萩野橋」を渡り数分で「史跡萩野平一里塚」の道標を
みて左の道へ入り進むと、さらに同様の道標が右手にあ
る。
矢立の滝A.jpg
進むと「オランダ街道」の道標が右手にあり、切通しの方向を
示している。
切通しを過ぎると
矢立の滝B.jpg
「鯨山」の道標が左手にあり、やや下る道になっていた。
歩くこと数分、左手の路傍に小さな石碑が・・・・・・・
矢立の滝D縮.jpg
天明年間・劔當了襌定門・百五十年期供養とある。
矢立の滝C.jpg
記録(口伝)では、この街道で亡くなった旅人を供養したとされている。
天明の年は(1781〜1788)であることから逆算すると、昭和6〜13年の間に
建立されたと推測されます。
一介の旅人の不幸など記録には残らないだろうが、念のために「町史年表」
をみると大火や通船漁船の遭難・飢饉・など多数。気になるのは、やはり
天明二年の鞭牛和尚が没している史実のみ・・・・・・
2013年には余裕がなくどなたが建てたかなど念頭になかったので良くみると
矢立の滝F.jpg
施主・外館倉次郎と読めた。身内の祖先を供養したか・・・・
織笠にこの姓は見当たらない。豊間根地区だと沢山あるが・・・・
・・・・消化不良のようなモヤモヤ感がつのる・・・・
歩をすすめて滝への分岐を進むと斜面のルートから
矢立の滝G.jpg
沢の中にかつて見た「朽ちた鳥居」がある。矢立の滝(七滝)を祀る参道鳥居
であったのだらうか。
進むと水神様(宮)が鎮座している。
矢立の滝H水神.jpg
※川・泉などの飲料水やその他の用水を得る「水汲み場」などに祀られていて
川の神・井戸の神とされ、さらにまた「田の神」とも一緒になって苗代や田の
水口にも祀られている。
この水神宮の真近かの小さな渓流を渡ると
矢立の滝I.jpg
「歴史の道」の道標がある。
このそばにも朽ちた鳥居があった。
渓流を左に見て進むと「七滝」の道標があり、滝があらわれる。
矢立の滝J.jpg
水量も期待したとおり、壮観なおもむきがある。
感動して写真を撮る「相棒」。
矢立の滝K.jpg
滝の断崖に咲く
矢立の滝Mムラサキヤシオ.jpg
ムラサキヤシオツツジ。
滝つぼ周辺には「チドメグサ」や様々なコケ類が・・・・・
矢立の滝Lキスミレ.jpg
帰路では、「ミヤマキスミレ」か「オオバノキスミレ」と思う。に出会う。
※矢立の滝の由来については2013-06-04にアップしたトレイル調査を参照。
実は、5月2日の滝ツアーでは「天明碑」を見落として通過し「相棒」は見ていない。
天明碑の写真は後日の11日に小生の独行写真をアップしている。
次回のこの延長にある「鯨峠」ツアーで相棒に面会を約して・・・
・・・合掌・・・・jun.m
ルート図は次の通りです。
20160511ヘルシーロード.pdf
posted by 鯨と海の科学館 at 17:18| Comment(0) | 山田発見伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月29日

白糸ノ滝(山田町)

2016-3-30
十数年も無沙汰をしていた「滝」を観に行く。
「智芳秀全禅師」が山田町の大浦に入定する前に
立ち寄って、一時的に「すみか」としたそうな。
16-3-30南川目分岐碑➀.jpg
豊間根の馬鞍地区を過ぎて福士の手前に南川目
(宮古市)につながる林道分岐手前に石碑群が
あった。昭和の「大東亜戦争」慰霊碑と
明治の「日露戦争」紀念碑がある。
昭和碑には、芳賀氏、瀬川氏二名の陸軍病院で
の病死を慰霊している。
明治碑では陸軍歩兵上等兵の前田氏の戦死が刻ま
れていた。
16-3-30南川目分岐碑A.jpg
戦死者の慰霊碑をみるたびに「憲法9条」の改正に
違和感を強く感じる・・・・・
と思いつつ先へ進む。
16-3-30➀白糸ルート堰堤水鳥.jpg
最終の民家そばの荒川1号橋を渡るとまもなく大きな堰堤
があらわれる。
魚道も整備されて「遡河性魚類」の繁殖保護に心配り
がなされていた。
16-3-30A白糸ノ滝ルート水鳥.jpg
以前にも観察された「オシドリ」を期待していたが、
幸運にも数組のカップルに出会う、この時期から
繁殖に入る。遠くから望遠鏡で観察する程度にし
てプレッシャーかけないことを願う。
16-3-30B白糸ノ滝ルート古い橋脚➀.jpg
霜地沢分岐を過ぎて20分、古い橋の橋脚(台)を発見した。
かつては、橋を架けてこの沢を直進していたか・・・
16-3-30C白糸ノ滝ルート古い橋脚A.jpg
現在は右に迂回して対面方向へ道があった。
16-3-30D白糸ノ滝ルートイワナ.jpg
ズンズンと進む。三の橋ではイワナと出会う。
気温がやや高く、小さな羽虫を捕食していた。
16-3-30E白糸ノ滝ルート倒木.jpg
ここまでは小さな倒木は、なんとか除いて進んで
来たが、遂にシャットダウン。
想定はしていたので「歩行」となる。
6ヶ所ほどの橋を渡り右手にあるのは「カロー沢
谷止め」。
16-3-30F白糸ルートカロー沢.jpg
さらに進むと・・・
16-3-30G白糸ノ滝ルート堰堤イワテケ.jpg
堰堤が左手にある。かつて、ここでイワナを大漁した
記憶がよみがえる。その右岸の岩肌に「イワタケ」
がへばりついている。調理はたやすくないが食す
ことができる。
16-3-30H白糸ルート南ノ又分岐.jpg
トコトコ歩き出して30分、南ノ又沢と大荒川(北ノ又沢)
の分岐に出た。ここまで、倒木を数か所くぐり抜けて進ん
で来たが、ラッキーなことに「鹿の角」に出会う。
あまりの感動で撮影していなかったので後日のものを
アップする。
 16-3-30L白糸ノ滝ルート鹿の角.jpg
この後、手に持って先を進むのも辛いのでひっそりと置き、
帰りに持参することにした。
16-3-30I南川目残雪.jpg
南ノ又沢に入って残雪を見る。例年になく残雪は
極端に少ない。
隧道橋や「谷止め」を過ぎて念願の白糸ノ滝へ着く。
歩いて来た林道は、滝の真上を通っていて気づかなけ
れば通り過ぎてしまうが、その瀑布の音に注意してい
れぱokだ。
滝を見上げるかたちで観察するため、やや下流へ下り
渓流に降りて遡上する。
16-3-30J白糸ノ滝ルート.jpg
記憶をたどると、渓流釣りに来ていた場所。
下の分岐ではテントで一泊したものだ。
16-3-30K白糸ノ滝ルート滝つぼ.jpg
多久里の滝と比較すると、落差は低いが「おもむき」は
ある。
秀全禅師がこの付近を「棲」としていた・・・・・
衆生救済を望み、大浦の地で壮絶な最期(入定)を果たし
た彼の思いが凡人の小生にも伝わる・・・
この先の尾根を超えると大槌町金沢の小股口を北上し
た「高滝森」に出る・・・・・と思うがルートは不明だ。
かつては、杣人の道があったか・・・・
それは、イワナのみぞ知る・・・
・・・・合掌・・・・jun.m
白糸ノ滝ルート.pdf
白糸ノ滝へのルートです。






posted by 鯨と海の科学館 at 17:25| Comment(0) | 山田発見伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする