から南は福島相馬の松川浦までのロングトレイルだ。
トレイルの創始者とも言われるジョン・ミューアの没後1,915年〜カリフォルニア州
〜ヨセミテ国立公園〜Mt.ホイットニー〜マザー峠まで23年間で完結したとされる
ジョンミューアトレイルにも匹敵する(したい)トレイルコースだ。
詳細はその類のホームページで得られるのでここでは省略する。
2013-03-12 第二次山田町調査区を 潟<bツ研究所の上田氏と
3日間の予定で開始した。今回の調査計画は大きく区分すると・・・・・
@ 浜川目から賀倉川に沿って日光山から宮古市石浜へ
(または光山岳泉荘への分岐)
A 馬指野から鯨峠を経て鯨山頂上を経て青年の家大沢コースへ
B 新田地区から十文字分岐を経て青年の家大沢コースへ
C 漉磯海岸から霞露ケ岳、大浦地先から地図上に記された林道を経て霞露ケ岳へ
D 田の浜から小谷鳥までの自然歩道(前年12月の未調査区)
の五つだ。夜行バスで朝到着した彼と打ち合わせをする・・・・・
@は大沢山も含めて踏破には6時間が想定された。こいつは一日を費やすので
計画に入れると他の区が不可能となることから見合わせることとした。
(※後日に自然保護官と協議予定)
初日はDとB 第二日目はC 最終日の第三日はAとした。
今回の調査区の一部「船越半島」の図である道標46が昨年12月18日途中で
終えた地点。(旧タブ〜小谷鳥浜コース)ここから再調査に入る。
あの日は昼過ぎから調査に入ったためと歩道の損壊やイバラ道状態のため
おもいのほか難儀した。日没前の足元の見えるうちに想定していたエスケープルート
(田の浜〜小谷鳥への林道)への作業道を急ぐ。この時は女性3名も参加
していて事故があっては元も子もないのだ。
転進途中の情景だ・・・陽は鯨の峰に落ちつつある。船越湾漁協のビルが胸を打つ。
2012-3-12アプローチまで協会スタッフに車で送られる。
開始地点までの作業道は2013-03-10の強風で倒木がいたるところで発生。
跨いだり、くぐったりで進む。
前回の調査終了地点。右手奥にみえる作業道をトボトボ歩きここまで来る。
本来のルートはこの左手尾根沿いを進む。
ここがその尾根沿いのとりつきである。
そこからの西側の景観(旧タブ仮設・波板・吉里吉里方面)
進んで来た尾根沿いのルートを振り返る。作業道で寸断されている。
さらに進むと倒木の衝突で損傷した道標があった。(44?)
この小ピークを過ぎると疑似木の階段が現れ正しいルートを進んでいることは
疑う余地もないとホットした。
階段からややアップして牛転峠(ウシコロバシトウゲ)直近にある道標(B-42)
ルートは直角に右方向の小谷鳥浜へ降下してゆく。
樹間から小谷鳥の海が・・・
あの日この地区は大規模な山林火災が発生しその消火や再発を防ぐため焼損した
樹木の伐採がおこなわれた。そのため皮肉にも景観が素晴らしくなっている。
(※グーグルでみれる方は当時の火災が大規模であったことを衛星画像で確認できる
。)
やはり疑似木の長い階段を下り振り返る。この手の階段はニガテだ・・・・
老若男女の全ての歩幅が一致しているわけではない。費用対効果と歩き良さは
全く反比例するのだ。
道標ごとにGPSで位置確認と携帯ю博ミの受信状況をチエツクする上田君
したがって普段のトレッキングペースで進むことは不可能だ。
再度振り返って牛転峠方向を観る・・このコースの逆行を想像すると三ツ石山への
松川コースなんてヘノカッパとおもった。
想定はしていたが「糞」に遭遇する・・・カモシカやシカなどの偶蹄類とは
明らかに違う。小生の私観はクマに近い・・数週間か一カ月未満と推定された。
トレッキングには鳴り物入りで実施すべし。
下り尾根を鋭角に左へとると道標B-39があった。すぐに鉄製の階段が・・・
垂直に近い階段が・・・・この勾配を克服するには不可欠だ・・・
これを終えると緩斜面となり道標がある。
写真にはないが古い階段の跡があり老朽化により使用不能となりルートを
変えている。小谷鳥浜はもうすぐである。
浜へ到着した。このルートの昇降部である・・かつては階段が設置されていた。
津波でこの場所は崩落し法面工事が完了してはいたがその機能はない。
工事関係者が利用した大木に繋がるロープを使わせていただきサーカスよろしく
下りることが出来た。
安堵感で浜によこたわる巨木を腰かけにして一服点ける。浜の様子を撮りそこね
た。蛇足になるがこの浜に津波により出現したオタカラがある。塩を造った跡
である・・・明らかに加熱され赤く変色した竈(カマド)のようなものがあった。
漉磯浜にもあるが。小谷鳥浜のものがしっかりと原形をほぼ留める。
上田氏へも紹介する。勝手な推測になるが大きな河川の流入する湾内にはない。
淡水の影響が少なく塩分の濃度が高いところの外洋の海域が効率的であっただろう。
しかも近くには森林があり燃料は豊富だ。吉里吉里の波板海岸付近にもあった
というが消失している。
往古には牛転峠を越えて浜街道をとおり遠野を経て南部藩へも・・・・
とあらぬ妄想を抱きつつスタッフの待機する車に乗り午前の部を終えた。
小谷鳥浜の状況を撮っていなかったので過去のものをアップする。
2012-6-26の撮影だ。コースはこの浜の右奥にある。
次回は同日の午後の部で「織笠地区新田集落」から開始を紹介する。
jun.m
補足 道標bヘ小生の所有する古典的資料に基づき表記した。
実際は背面にピンク色のテープに三桁の番号が付されている。但しこれ
も臨時的に付した管理番号のようである。


